■ 指揮者と「ブラームス・シュタインバッハの伝統」 ■
2006.04 境山
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(1)「ブラームス・シュタインバッハの伝統」に基づいた演奏
[注]:私個人は音楽に関する専門的知識は乏しいので、解釈や演奏、指揮に関する話などは
専門家の意見や著作物を参照しています。知人を通じて音楽をやっておられる方にも伺って、
ここ数年の間に色々と教えて頂いたことをまとめてみました。
このページは今後また度々加筆修正の可能性がありますので、転載禁止。
もしもこの内容を参照頂くという場合にはこのページのアドレスを付記しておいて頂ければと思います。
よろしくお願い致します。
次の斜体部分は、ブラームス演奏における
「ブラームス・シュタインバッハの伝統」と指揮者
に関することで色々伺った話をまとめたもの。
「『ブラームス・シュタインバッハの伝統』とは、テンポを自在に変え、
シュタインバッハの楽譜への書き込みに基づいたブラームス演奏のこと。
この伝統に忠実なのはアーベントロート。
ヴァント、サヴァリッシュ、ベームのブラームスは楽譜の範囲内で
『ブラームス・シュタインバッハの伝統』を解釈している。
(よくアーベントロートの指揮を19世紀的と言う人がいるが、実際にはそうではない、とのこと。)
ブラームスの演奏における『ブラームス・シュタインバッハの伝統』を
シュタインバッハから継いだのは、ライナー、ストラヴィンスキー、アーベントロート。
アーベントロートから教わったのが、ヴァント。
なお、ベームとサヴァリッシュは誰から教わったのかははっきりとは分からないが、ベーム、サヴァリッシュの振るブラームスも
『ブラームス・シュタインバッハの伝統』の系統の演奏と考えられる。」
「ムラヴィンスキーのブラームスも『ブラームス・シュタインバッハの伝統』に基づいていて
(誰から教わったのかは不明)、振り方そのものは大変近代的、モダンである。」
「ノリントン、マッケラスはシュタインバッハの楽譜への書き込みを意識してはいる。
しかしその演奏そのものは『ブラームス・シュタインバッハの伝統』の再現というのとは少し違うようだ。」
「一方、クナッパーツブッシュの振るブラームスは
『ブラームス・シュタインバッハの伝統』とは、異なる。
クナッパーツブッシュはブラームスが楽譜に書いた通りにやろうとしていて、
テンポを途中で変えないやり方。R.シュトラウスやセル、チェリビダッケの
指揮するブラームスも同じ系統。」
「なお、トスカニーニはシュタインバッハのブラームス演奏を大変意識してはいたが、
トスカニーニの演奏は「歌う」部分が強いので、この2つの系統とはまた
異なるブラームス演奏と考えられる。」
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(2)次に、「(1)以外」の点について
以下に補足しておきます。
(1)の内容に関して思ったのですが、ブラームスの演奏をする時に
楽譜通りにやるか、あるいはプラスアルファの要素としてシュタインバッハのやり方を
取り入れるかどうか、その辺が指揮者自身の考え方により違うのだろうか、と思います。
ブラームスの演奏解釈を研究されている方などが、現在では
「ブラームス・シュタインバッハの伝統」
「マイニンゲンの伝統 ( Meiningen Tradition )」
というキーワードを度々使われることがあります。
しかし、アーベントロートやヴァント、サヴァリッシュなど、実際に
シュタインバッハの楽譜への書き込みに基づいたブラームス演奏をしている
指揮者達は、こうしたキーワードを使って説明したりすることはなかったのだそうです。
アーベントロートは
「ブラームス先生から教わったシュタインバッハ先生から、自分は教わったんだけど」
という感じで説明をしていたらしいです。また、アーベントロートから教わった方も
「シュタインバッハ先生が言ってたこと」
「シュタインバッハ先生から教わったことを、アーベントロート先生はこう言っていた」
という感じで説明していたそうです。
「マイニンゲンの伝統」とは、シュタインバッハに師事したことのある
ヴァルター・ブルーメという人物が最初に呼んだものだそうですが、
その後、ブラームス研究をする方のうち
「シュタインバッハの楽譜への書き込み」に着目した人々(ウォルター・フリッシュなど)が
この「マイニンゲンの伝統」というキーワードを使うようになっています。
一方、アーベントロートが教えた指揮者、音楽家など、演奏する側の人々は
「シュタインバッハ先生が言ってたこと」
そういう言い方をされている。
この「シュタインバッハの書き込み」に関し研究者が本に書いたり論文で検証している内容というのは、
演奏をしている現場でのやり取り、指揮者や音楽家達の直接の伝承とはイロイロ
異なる点などあるかもしれませんので、重く考え過ぎてはいけないのかもしれません。
(私、境山の個人的な感想ですが。)
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「 Performing Brahms 」
アメリカのコロンビア大学音楽科の教授、ウォルター・フリッシュ(Walter Frisch)はこの本「 Performing Brahms 」の
Chapter 10
In search of Brahms's First Symphony :
Steinbach, the Meiningen tradition, and the recordings of Hermann Abendroth
ここで、
「アーベントロートのブラームス解釈がシュタインバッハの書き込みに一番近く、
ビューロー・シュタインバッハからの生きた伝統をアーベントロートは継承した」
と述べています。
「 Performing Brahms 」に関わった
ベルナルド・D・シェルマン( Bernard D. Sherman ) 氏、
私はこの方のサイトは2002年頃に気付いたのですが
http://homepages.kdsi.net/~sherman/performingbrahms.htm
http://www.bsherman.org/mack.html
シェルマン自身がサイトでも書いていますが、「シュタインバッハの楽譜への書き込み」を
ノリントン、マッケラスも参考にして Meiningen Tradition のブラームス演奏を試みているけれども、
例えばマッケラスの演奏はシュタインバッハの書き込みとは異なる部分もある、等述べており、
シェルマンも、シュタインバッハのブラームス演奏については Meiningen Tradition に直接の接点が
有ったアーベントロートの演奏に注目しています。
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(3)以下は
「 Performing Brahms 」が出版される前に
2003年01月時点で私が自分なりに調べてまとめた中からの転記。
Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」というキーワードは、
1914〜1915年にかけフリッツ・シュタインバッハ( Fritz Steinbach 1855〜1916)に
師事したヴァルター・ブルーメ( Walter Blume )という人が呼んだもの。
( Brahms in der Meininger Tradition )
ブルーメは、シュタインバッハがブラームスの4つの交響曲とブラームス・ハイドンの主題による変奏曲
の楽譜に書き込んだものを転記して、1933年に出版している人なのですが、ブルーメによると
「マイニンゲンの伝統的演奏では、正確なリズムと常に変化する柔軟性のあるテンポとは、
相互協力の関係にあった」 とのこと。
1886年、ビューローからマイニンゲン宮廷楽団( the Meiningen Court Orchestra )を
引継いだのがシュタインバッハ。マイニンゲン宮廷楽団というのは、ビューローによって鍛えられ、
その緻密なアンサンブルにより当時高く評価を受けていたオーケストラ。
シュタインバッハ自身はブラームスの指揮を手本にして演奏、マイニンゲン宮廷楽団の演奏を信頼していた
ブラームス自身が、シュタインバッハのブラームス演奏を評価していた。
シュタインバッハの書き込みというのは、ブラームス自身は楽譜にはテンポを変えるような指示はしていない
部分で、詳細にテンポに関し指示しているなど、楽譜通りではない箇所があるとのことです。
ブラームスと直接の接点を持っていたシュタインバッハが、指揮者としての考えで書き込みをしているのか、
それとも、作曲家自身に確認を取って書き込んだものなのか、この点は不明です。
音楽家や音楽学者の間で現在でも 「 Meiningen Tradition 」 はまだ研究中であるらしいが、
マイニンゲン宮廷楽団を鍛えたビューロー、そのマイニンゲン宮廷楽団を継いで
ブラームス本人にもその演奏を評価されたシュタインバッハ、そして
ケルンのギュルツェニヒ管弦楽団という接点でアーベントロートと直接つながりのあった
シュタインバッハからアーベントロートへ、そしてアーベントロートから
ヴァント、サヴァリッシュへ引き継がれていった、ブラームスの演奏解釈、それが
Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」
と呼ばれるものだとのこと。
なお、アーベントロートが自分の教え子にブラームスの演奏解釈を教えた際には、
Meiningen Tradition 「マイニンゲンの伝統」というキーワードは言っていない。
「ブラームス先生から教わったシュタインバッハ先生から、自分は教わったんだけど」
と、教え子には演奏のテンポ等の説明をしていたらしい。
アーベントロートのブラームス演奏というのは、この Meiningen Tradition (マイニンゲンの伝統)
とイコールということでは無い。
アーベントロートの演奏は、 Passion を抑えきれていない時があって、そのため楽譜や演奏解釈を超えて
テンポが変わることがある、ということなんですが、しかしそれでも結果として
「演奏のテンポが全体として納得できるものである」演奏になっているので、素晴らしい演奏であり、
Meiningen Tradition (マイニンゲンの伝統)の流れの中から生れた演奏として考えられる、とのこと。
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